何十年も前から「喫緊の課題」はいくつもありました。人々は何か対処らしきことをしているようですが、より悪化することはあっても、解決に向かっている実感はありません。各々が各々に都合の良い原因を見つけ、自己正当化と責任転嫁に勤しんでいるだけで、結局のところ、分かりきった結論へまっすぐ向かっています。黙示録的な未来に近づいている実感だけが高まる日々をお過ごしではないでしょうか。
もしかしたら、あなたはこのような「結果」に至った「原因」を特定し、それが解決すれば、どうにかなると考えるかも知れません。残念ながら、そのような考えでは社会は良くなりません。
まずは地震の話からはじめて、社会ネットワークについての描像を考えてみます。
地震 = 社会ネットワーク
“複雑系"という言葉を聞いたことがあるでしょうか?現代の科学でも地震を予測することができないのは、地震が複雑系であるからです。上の図は地震をモデル化したものです。グリッドに切られた地面がバネを経由して互いに振動を伝えあっている様子を想像してください。地震の予測の難しさについて以下の2点を抑えておきましょう。
- 上の図の中のあるひとつの四角に注目すると、その四角を拡大してグリッドで区切った図は元の図と同じ構造になります。このことはミクロな働きが結集してマクロな結果が決まることを示します。
- 非常に多いパラメータが複雑に絡み合っているため、振動の伝え方が少し異なるだけで全く違う結果になってしまいます。
社会ネットワークも地震と同じように考えることができます。一つの四角を人間、地域、組織などとして、バネはその関係とみなします。人間同士の関係は会話する、売買する、組織を構成する、など非常に多いため、地震より遥かに複雑なネットワークを構成し、地震以上に予測困難です。何をするとどのような結果になるかは分からず、マクロな結果を思い通りにコントロールすることはできません。
ミクロな振る舞いが正しいければ、それが結集して正しい結果に至るでしょう。間違った結果に向かっているのは、私たちの日々の生活が間違っているからです。
このことはマハトマ・ガンディーも同様に主張しています。
ガンディ
ガンディーは手段と目的の区別はないと主張します。大きな目的とそこに至るための手段を考えるのではなく、自分のあるべき生き方を追求することだけを考えるように説きます。生活のすべてが手段であり、それ自身が目的なのです。
マクロな結果からひとつの歴史や物語を見出すことはできますが、それは多くのミクロな働きを無視していることを肝に銘じるべきです。結果論的に見つけた大きな問題を治そうと、テクノロジーや行政などの"大きな力"に頼るべきではありません。それは"小さな声"を無視した都合の良い正義が別の歪みを生むだけです。“大きな力"がそれを支配している者の視座からコントロールされると、それは非人道的な暴力に変わります。まずはあなたが、そしてあなたの隣人が、さらにその隣人の隣人がというような連鎖によるボトムアップ的な解決が必要です。
そのような考えに基づき、ガンディーはチャルカという糸車を回すようになりました。イギリスの製糸技術による便益を受け入れることは、インド人が自らイギリスにインドを差し出していると考えたためです。自治できない"大きな力"に依存しない生き方の追求がガンディーの独立運動です。
自治のためには、人々の自立を失わせる支配構造を理解する必要があります。
構造
大部分の富を一部の人間が独占していることがしばしば批判されます。しかし、富裕層が存在できるのは富裕層を支えている人々がいるからです。それぞれの層が自身より上の層を支えながら(それに不満を感じる人も従属を感じる人もいます)、自分たちが何に支えられているかは考えようとしません。誰もが知っている通り、この構造からあぶれた人々の血が今も流れています。この責任はこの構造を支えているすべての人の責任であり、上層部に転嫁することは無責任です。構造自体を否定しなくてはなりません。
この図の左側のような適切に配分できていない構造は不安定で大きくなる前に崩壊します。つまり、現在の支配構造が巨大であるということは、そのような構造を維持できるなめらかな権力勾配を実現しているということです。制度やテクノロジーによって「よりよい社会を作ろう」と適切な再分配がなされるようになると、支配がなめらかになり構造が安定化されます。構造が安定化することにより格差が拡大しても構造を維持することが可能になります。
また、社会心理学者のジョン・T・ジョストのシステム正当化理論によると、人々は不安定で無秩序な状態を嫌うために、システムを正当化する欲求があるとされます。そのため、構造の劣位にいる人であっても、構造を非難するよりも劣位にいる個人を非難する傾向が確認されています。このような心理によって、人々は構造に自発的に隷従してしまいます。
革命→移行
構造の欠陥によるしわ寄せは末端に行くほど大きなものになり、最末端では多くの血が流れています。それを避けるためには、構造に依存しなくてもよい退避先となる次の秩序が必要になります。秩序を育てるには相応の時間がかかります。今の構造に依存しつつ、地道にコツコツと育てなくてはなりません。
構造上不利な立場にあるほど、また将来的に失うものへの適切な想像力があるほど、次の秩序へ移行するモチベーションは高くなります。末端同士が連帯して秩序がある程度の規模になると、既存の構造を支えることを放棄しやすくなり、さらなる規模の拡大につながります。そのようなループができると、既存の構造は崩壊します。
こちら側と合理性
次の秩序の構築を社会ネットワークのイメージで考えると、既存の構造を支えているあちら側から切り離されたこちら側を作ることになります。
現在の社会は経済合理性に最適化された中央とその合理性から外れた周縁という構造ができています。中央の合理性に疑問を持ち、独立した活動を志している人たちはバラバラに周縁に押し込められます。
周縁の人々が連帯したネットワークが"こちら側"です。“あちら側"に残るのは、構造に強く依存していて、巨大なものへの従属に安寧を求め、そこから離れられない人々です。
“あちら側"は個を捨てて一体化した集団である一方で、それに対抗する"こちら側"の人々は多様な考えがあります。中にはどうしても相容れない思想との衝突もあるでしょう。それでもあちら側ではないという共通意識によってまとまる場が必要です。
現在の合理性にそぐわない"こちら側"に生きることは非合理的な選択になります。したがって自発性に難のあるものたちが非合理的にわざわざこちら側に来ることはありません。こちら側の規模がキャズムを超えることができるかは、合理性と代償に何を失っているかを想像できる知性を持てる人がどれだけいるかにかかっています。
それに失敗した場合、今後も世界は僅かな混沌も認めない完全な秩序に向かい、構造が安定化するに従って、不要になった人々が順番に切り捨てられていくことでしょう。そのような世界で、もしあなたが個を構造に埋没させることに抵抗するならば、そのうち切り捨てられることになります。
そうならないように一緒に「新しい社会」を考えましょう。どんな種類の経験、能力、好奇心など、なんでもよいので次の秩序に残したいものがある方は、お気軽に私たちに連絡をください。
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email: mzo@kuku9.net
参考文献
- 歴史は「べき乗則」で動く――種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学
マーク・ブキャナン (著) 早川書房 - ガンジー 自立の思想 自分の手で紡ぐ未来
M.K. ガンジー (著) 地湧社